★下野新聞社「SOON」より転載。

 

歴史は身近な所から入ると愛着がわく。ただ地域の偉人でも、教科書に出てこない無名の人物だと、子どもの深い共感は得られない。小山南高教頭の松本一夫さんは県立文書館勤務時代の授業支援で、こう痛感したという。

しかし日光の栗山小では、豊臣秀吉が下野に来て行ったことを話すと、反応がいつもにましてよかったそうだ。松本さんの著作「栃木ゆかりの歴史群像」(随想舎)はこんな経験がヒントになっている。
この地には伝教大師最澄や源頼朝、秀吉、徳川家康、大久保利通ら時代を動かした人物がやってきている。松本さんは発想を変え、日本史に登場するような著名な人物31人を通して本県とのかかわりを描いた。
例えば最澄は、近江国(滋賀県)に生まれ、比叡山で修行を積み、日本天台宗を誕生させた後、下野でも教えを説いた。大慈寺(岩舟町)で法華経などを教えた際には5万人も集まったとされる。
下野は頼朝にとっても思い入れの強い地だった。歴代当主の多くが下野国守に任じられており、奥州討伐には下野武将も加わった。ほぼ400年後に宇都宮入りした秀吉は、頼朝と同じように宇都宮社に参詣し、この地で小田原攻めの戦後処理を行った
「ゆかりの群像」からは、郷土の興味深い事実が伝わってくる。