★下野新聞社「SOON」より転載。

 

足尾鉱毒事件の解決に奔走した田中正造の没後100年を記念する「田中正造翁(おう)没後100年記念式典」が12日、佐野市文化会館で開かれた。出身地の同市などが行ってきた顕彰事業の集大成である田中正造翁没後100年記念祭の一環。岡部正英市長は「足尾鉱毒の問題解決に生涯をかけた環境問題の先駆者であり、被害民の人権を命をかけて守ろうとした人権擁護の先覚者。郷土の偉人として、正造翁の偉業を広め、生誕の地として広く周知を図ってきた」とあいさつした。

式典では、「田中正造を語る」というテーマで、佐野市在住の歌手・ダイアモンド●ユカイさんと、正造に関する著書のある下野市在住の作家・水樹涼子さんがトークショーを行った。ユカイさんは、佐野市に引っ越した当初は正造のことをほとんど知らず、奥さんから怒られて正造について勉強したというエピソードを披露。水樹さんが正造の生涯を描いた「岸辺に生(お)う 人間・田中正造の生と死」(随想舎)も読み、「目を真っ赤に腫らしながら1日で読んでしまった」と明かした。

ユカイさんは、正造の印象について聞かれると「人間として(正造のように)死ぬまで、自分の意志を曲げずに突き進めるのだろうか」と語った。また、正造との共通点として、デビュー当時の話を披露するなどし、間違っていることについて立ち向かう性格であることを挙げた。

式典終了後は、佐野市が創設した「田中正造記念賞」の表彰式が行われ、環境大臣賞を受賞したNPO法人「足尾に緑を育てる会」(日光市)などに賞状などが贈られ、同会と県知事賞の県立栃木農業高校環境科学部が活動報告を行った。報告を聞いた佐野市の関根喜美子さん(75)は「100年という節目だけでなく、来年以降も正造のことを受け継いでいくことの重要性を改めて実感した」と話していた。

13日には記念祭の一環として、午前10時から佐野市の佐野厄除(やくよけ)大師(惣宗寺)から佐野駅前まで行進する「田中正造・未来への大行進」が開催される(当日参加可)。

※●は六芒星

(2013年10月13日??読売新聞)